2025/05/08 11:50

(写真と記事の内容とは一切関係がありません)
「ウイスキー樽へ投資しませんか?」という広告をSNSで見たこと、ありませんか?
ウイスキーブームの中、「安全確実な投資」「金融商品よりも高リターン」的な謳い文句でウイスキー樽への投資勧誘をする会社が多くありましたが、そのうちの一つ、「Cask 88」と「Braeburn Whisky」の二つの名義を使ってウイスキー樽への投資勧誘事業を行ってきたエディンバラに本社を置くWhisky Merchants Trading Ltd.が、5月6日破産管財人を任命して実質破綻しました。
コマスピ中の人のSNSのタイムラインにも「ウイスキー樽へ投資しませんか?」とちょくちょく「Cask 88」の広告が出てきたので、ご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。
2025年4月に公開された動画では、Braeburn Whiskyの社長が時間の経過とともにウイスキーの価値は上がるので投資しましょう、とプレゼンをしていて、「8千万ドル相当のウイスキー樽を顧客のために管理していて数百万ドルの利益が還元された」と言っています。
どうやらBraeburn Whiskyはアメリカの顧客からの投資を主に受け入れる会社のようで、Cask 88が我々日本人も含むその他の国からの投資を受け入れるための会社のようです。だからCask 88の広告を目にしたのですね。
Cask 88のGoogleでの口コミを見ると、日本人と見られる方からの「この会社は完全な詐欺だ」という内容の投稿も見受けられます。
今回の破綻により、8千万ドル、約115億円相当のウイスキーに投資した人たちはどうなってしまうのでしょうか。
実際に契約書を見たわけではないので100%はっきりしたことは当然言えないのですが、「残念な結果」になる可能性が高いと思います。
たとえて言うと、中古のアルファードを個人売買したのに陸運局で名義変更しなかったために、売り手が破産して売り手にお金を貸していた人がわたしが買ったはずのアルファードを借金のかたに持って行ってしまった、というのと似たことが起きると思います。
というのも、樽の売買契約はBraeburn Whisky社などと交わしているものの、所有権、つまり投資家が「これはBraeburnのものではなくて自分の所有する樽だ」と主張するための権利が投資家に移転していないように見えるからです。
「売買契約を交わしてお金払ってウイスキーの樽を買ったのに、所有権が移転していない、つまり買ったことになっていないってどういうこと?」と思いますよね。
どういうことかというと、イギリスでは、売買当事者以外に樽を保管する倉庫の管理者が所有者が変わったと認識しないと、法律的には所有権の移転が行われないのです。
Braeburn Whiskyが投資家に樽を売りましたよ、という売り手と買い手の間の二者間の契約書だけでは法律的に樽の所有権は移転せず、樽を保管する保税倉庫の管理者が、樽の名義がBraeburn Whiskyから投資家に変わった、と認識して帳簿上の名義を変えることによってはじめて樽の所有権が法律上移転する、という仕組みになっています。
Braeburn Whiskyが投資家に樽を売りましたよ、という売り手と買い手の間の二者間の契約書だけでは法律的に樽の所有権は移転せず、樽を保管する保税倉庫の管理者が、樽の名義がBraeburn Whiskyから投資家に変わった、と認識して帳簿上の名義を変えることによってはじめて樽の所有権が法律上移転する、という仕組みになっています。
Braeburn Whiskyの「How it works」、つまり「ウイスキー投資の仕組み」のHPを見る限りでは、ウイスキー樽を「購入」したことの証明として「Contract of Sale」、つまり売買契約をBraeburn Whiskyと投資家との間で締結する、と書かれており、「Delivery Order」を結ぶとは書かれていません。
「Delivery Order」とは、樽の所有権を移転する業界標準の方法で、売り手と買い手が署名し、樽が保管されている倉庫が承認する三者間契約の文書です。
「Delivery Order」とは、樽の所有権を移転する業界標準の方法で、売り手と買い手が署名し、樽が保管されている倉庫が承認する三者間契約の文書です。
Delivery Orderつまり三者間契約がないとすると、法律上の樽の保有者は、売買契約を結んだ投資家ではなくBraeburn Whiskyのままであると認識されているはずです。
これが「残念な結果に終わる可能性が高いだろう」とコマスピ中の人が考える理由です。
これがなんで問題になるかというと、Braeburn Whiskyの破産管財人が資金回収のために資産の差し押さえに来たとすると、保税倉庫の管理者は「わかりました、これはBraeburn Whiskyの所有する樽です」と言って、投資家が保有しているはずの樽を、Braeburn Whiskyの借金のかたとして破産管財人にウイスキー樽を渡してしまう可能性が極めて高いからです。
(破産管財人:Braeburn Whiskyにお金を貸して破綻により貸した金が回収できなくて困っている人たちの代表)
アルファードの例でいう陸運局での名義変更と同様に、保税倉庫の帳簿上の名義変更が必要なのです。
民法習った方なら、「対抗要件の具備」という言葉をうっすら思い出すかもしれませんがそれですよ奥様。
海外の業者を通じてウイスキーの樽に投資をされている方がいらっしゃれば、保税倉庫の帳簿上の保有者が誰になっているのかを契約書で確認された方がいいかもしれません。
おそらく実態としては、樽を買ったと思っている投資家が利益を確定しようとしたら、別の投資家を連れてきて同じ樽をより高値で売りつける、というプロセスを繰り返していたように思われます。右肩上がりの相場が終わったタイミングでは続かないビジネスモデルです。
それでも投資家が損をするだけで、投資勧誘しているだけの会社が潰れる理由にはなりませんから、普通に考えれば何か詐欺的な行為が行われていた可能性が高いように思われます。
それでも投資家が損をするだけで、投資勧誘しているだけの会社が潰れる理由にはなりませんから、普通に考えれば何か詐欺的な行為が行われていた可能性が高いように思われます。
日本で樽を保有している方への教訓としては何が考えられるでしょうか。
日本の蒸溜所でウイスキーの樽に投資を行う場合、コマスピ中の人が知る範囲では一般的には樽の名義は蒸溜所のままになっていると思います。つまりアルファードの例と同じになるリスクが存在する可能性があります。
そのリスクを減らすための方法としては、
財務基盤がしっかりした蒸溜所の樽のみに投資する
ウイスキーの樽を実際に購入したことを証明する書類をしっかり残す(インボイス/領収書/銀行振込などの支払証明)
売買契約書で契約日時、売買金額、自分が保有する樽を特定するための樽番号/スペックなどをしっかり記載する
樽に実際に自分の名前を書いて写真を撮る
機会があれば自分の保有する樽を実際に観に行き、樽の状態や樽の二重譲渡などが起きていないかチェックする
機会があれば自分の保有する樽を実際に観に行き、樽の状態や樽の二重譲渡などが起きていないかチェックする
などが考えられます。
ご参考
Forbesの5月2日付記事「$80 Million Scotch Whisky Cask Investment Firm Goes Bust」
WHISKY MERCHANTS TRADING LIMITEDの商業登記
Mark Litterの5月6日付の記事「What to Do If You Bought a Whisky Cask from Cask 88, Braeburn, or Whisky Merchants Trading Ltd」
特に蒸溜所が稼働する前に「樽を買う」場合は、稼働している蒸溜所から樽を買うよりもリスクが高いように思われます。
なぜなら、酒造免許は実際に蒸留が可能な状態にならないと取得できない仕組みになっており、酒造免許がない蒸溜所は酒税法上では酒を売ることはできず、酒販免許あれば別ですが酒は無免許販売が法律上できないため「大人の作法」として「樽を買う権利」だけを販売していて「酒は売っていない」可能性が高いからです。酒造免許が取得できないリスクも全くないとはいえないため、さまざまな面でリスクが高いように思われます。
ウイスキー需要・販売数量/販売価格の下落と同時に原材料/燃料価格の上昇が起きれば、一般的に蒸溜所の経営と資金繰りはきつくなります。
ウイスキー樽を保有する方は、一度さまざまなリスクファクターを改めて見直してみるタイミングかもしれません。
追記:Forbesの記事が直近アップデートされ、Braeburn Whiskyの社長や元従業員と直接インタビューして「投資家に所有権移転を図る」と述べたと書かれています。ただし仮に悪意があったとするとその当事者の発言を鵜呑みにするのはナイーブに思われること、一般的に通常自己資本を投資していない投資顧問業者のような立場の会社が破綻する際は詐欺的事件であることが多いこと、そもそも自己資本を投資していないのに破綻することは投資顧問業のようなビジネスモデル上では考えにくいことから、回収が簡単に行くとはとても思えません。
ウイスキー樽を保有する方は、一度さまざまなリスクファクターを改めて見直してみるタイミングかもしれません。
追記:Forbesの記事が直近アップデートされ、Braeburn Whiskyの社長や元従業員と直接インタビューして「投資家に所有権移転を図る」と述べたと書かれています。ただし仮に悪意があったとするとその当事者の発言を鵜呑みにするのはナイーブに思われること、一般的に通常自己資本を投資していない投資顧問業者のような立場の会社が破綻する際は詐欺的事件であることが多いこと、そもそも自己資本を投資していないのに破綻することは投資顧問業のようなビジネスモデル上では考えにくいことから、回収が簡単に行くとはとても思えません。
ご参考
Forbesの5月2日付記事「$80 Million Scotch Whisky Cask Investment Firm Goes Bust」
WHISKY MERCHANTS TRADING LIMITEDの商業登記
Mark Litterの5月6日付の記事「What to Do If You Bought a Whisky Cask from Cask 88, Braeburn, or Whisky Merchants Trading Ltd」
東京ウイスキー奇譚「愚者の金、あるいは終売のウイスキーをめぐる狂騒曲について」
上記の記事は筆者が現在一般的に入手可能な情報を注意を払って分析した上での個人の一つの意見かつ一般論にすぎず、記事の内容は不完全で誤りを含む可能性があり、法律上その他のアドバイスを目的としたものではありません。本記事が前提とした情報が今後変化する可能性があります。本記事に依拠したことによる経済上・道義上その他の責任や結果については一切当方は関知いたしません。